柳緑花紅(りゅうりょくかこう)

柳は緑、花は紅
五月になり、境内を見渡すと、鮮やかな新緑が目に入ってきます。紅花が咲く季節でもあります。

「柳緑花紅」この言葉は、11世紀、中国の詩人、蘇軾の詩が由来だと言われています。お寺の掛け軸などでも、よく見られる言葉です。

蘇軾の詩はこのあと「真面目(しんめんもく)」と続きます。面目とは本来は顔や様子を意味していました。そこから自分のありようと捉えることになります。本来の姿の、真実であり、それは仏の姿でもあります。
柳は緑、花は紅、私たちが見る、当たり前の世界こそが、仏が見る世界なのです。しかし、ただ、ぼんやりとしていては見ることができません。そこには禅の生き方、修行が伴わなければなりません。

『普勧坐禅儀』には、坐禅をすることにより「身心自然に脱落して、本来の面目現前せん」とあります。坐禅により、体と心が自然に執着から解き放され、本来の姿が目の前に現れてくるのです。菩提心をおこして、禅の修行をしている時、その時見ている世界が真実の姿、仏が見る姿なのです。

今月の禅語(令和8年5月)

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