行持報恩(ぎょうじほうおん)

行持とは、行い、仏道を行ずる上の修行であります。それを持続したもつこと。報恩は、恩に報いること。正しい教えを示されたお釈迦さま、その教えを、代々伝えてきたお祖師さま方のご恩に報いようとするものです。

これは、『修証義』第5章の題目であります。
『修証義』というお経は、明治時代になってから作られた比較的新しいお経です。大内青巒居士という方が、道元禅師の『正法眼蔵』から、重要な点を抜粋し、5章からなるものです。
仏道を行ずるためには、まずは日々の修行が根本となります。福井県にある永平寺、横浜にある總持寺では、今でも道元禅師、瑩山禅師の教えをそのままに、何百年も同じ形で続いてきた修行を勤めています。例えば坐禅をすることは、今から700年も前に両祖様が示された指南書、「普勧坐禅儀」「坐禅用心記」その通りに行なっています。食事を作ること、いただくこと。顔を洗うこと、用を足すこと。それらが全て修行であり、その修行は、何百年にもわたって変わらず勤められています。


「唯当に日日の行持、その報謝の正道なるべし」

仏さまのご恩に報いるために、何か特別なことをするのではないのです。ただひたすらに日々の生活の中で、仏の教えを実践し、それを続けること、これが仏さまのご恩に報いるということです。日々の生活を大切にして、勝手気ままな時間を過ごさないようにすることが大切なのです。

今月の禅語(令和7年12月)

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