面壁九年(めんぺきくねん)
面壁とは、壁に向かって坐禅をすること。
曹洞宗の坐禅は、この面壁の方法を取り入れています。一方、臨済宗などは、修行僧が向かい合って座る対面坐禅を行います。
面壁九年とは、中国禅宗初祖の菩提達磨大師が、少林寺で9年間ひたすら壁に向かって坐禅をしたという故事によるものです。
10月5日は、達磨大師のご命日である達磨忌として、全国の禅宗寺院では、法要が執り行われます。
さて、達磨大師とは、5世紀から6世紀にかけて活躍した禅僧で、南インド香至国の第3王子として生まれ、般若多羅尊者より仏法を受け継ぎました。その後、禅の教えを伝えるため中国にわたります。その時に中国の梁の皇帝、武帝と交わした問答が伝えられています。
武帝:「私は、深く仏教を信仰し、多くの寺院を建立し、また多くの僧侶に布施を行ってきた。どんな功徳があるのでしょうか?」
達磨大師:「無功徳、功徳などありません」
武帝は、当然自分の行為が褒められると思っていたのですが、達磨大師は、そもそも多くの功徳を求めて、自らの権力をもって行なってきた行為は、自我の欲望であって、功徳などないと言ったのです。武帝はそれが理解できず、再び質問します。
武帝:「仏教の真髄とは一体何でしょうか?」
達磨:「廓然無聖、からりと晴れ渡った空のように、何もない」
達磨大師は全てのものは空であり、何一つ独立して存在しているものはないと言いたかったのですが、武帝はますます、理解ができなくなります。
武帝:「私の前にいる、お前は何者だ?」
達磨:「不識(そんなことはわからない)」
物事に対して執着がある武帝に対して、それを取り除こうとして「不識」と言ったのです。
武帝は達磨大師を理解することができず、達磨大師は、その後少林寺にわたり、9年間、壁に向かってひたすら坐禅をするのであります。
その後、慧可大師という後継者をえて、中国では禅の教えが広く伝わることになるのです。