脚下照顧(きゃっかしょうこ)

身近なことに気をつけるべきこと、自分のことをよく反省すべきこと
脚下とは足元のこと。脚下照顧で、自の足元を照らして顧みる、注意するということ。

当山の東司(トイレ)に、この言葉が書かれた小さな板が置かれているのを見た方もいらっしゃるのではないでしょうか。用を足した後、もう一度足元を顧みて、履きものを揃えましょうといった意味合いがあります。簡単なことなのですが、ついつい急いでいたり、気が散漫になっていると、これがなかなか出来ません。

履き物を揃えるということについて、長野県のご住職で、布教師でもありました藤本幸邦老師の詩をご紹介させていただきます。

「はきものをそろえる」
はきものをそろえると心もそろう。
心がそろうと、はきものもそろう。
ぬぐときにそろえておくと、はくときに心がみだれない。
だれかがみだしておいたら、だまってそろえておいてあげよう。
そうすればきっと、世界中の人の心もそろうでしょう。

曹洞宗布教師 藤本幸邦老師

さて、脚下照顧ですが、何も履きものに限ったことのではありません。

道元禅師は、『永平初祖学道用心集』という著書の中で「仏道は人人の脚跟下なり」と示しています。仏の道(修行)は一人ひとりの足もとにあると。

修行僧は、悟るために修行をするのですが、悟りの世界とは遥か彼方にあるものではなく、実は仏の修行を実践しているその時こそが、悟りの世界そのものであって、何も特別なものではないとのお示しであります。

私たちは、ついつい目先のことが気になってしまいます。年末にあたり、もう一度足元を見直してみてはいかがでしょうか。本当に大切なものが、実はそこにあるのかもしれません。

今月の禅語(令和4年12月)

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