光秀寺について

光秀寺は、禅宗、曹洞宗の寺院で山号を日峰山といいます。
鷲宮町の霊樹寺を本寺として、本尊に釈迦牟尼仏を祀っており、末寺には笹久保の地蔵院、釣上の玉泉寺をはじめ5か寺があります。

光秀寺の開創は永禄7年(1564年)7月で、ご開山は鷲宮霊樹寺第5世の笑翁清馨大和尚と伝えられています。開基は岩付城主太田氏房の家臣、三上三郎左衛門で寺号は三上三郎左衛門の法号、光秀寺玉宗禅玖禅門から名づけられました。
天正19年(1591年)に徳川家康より寺領3石を賜りましたが、明治初期に奉還し、境内地を除く森林が国有地に編入されました。
明治18年5月16日、火災により本堂、庫裏を焼失しますが、同25年3月、22世信嵒元瑞大和尚により再建されます。この時、将来の維持基本財産に供しようと住職および檀信徒が東京大林区署に国有林払い下げの請願をし、同34年12月16日に許可されています。
貞享2年(1685年)銘の梵鐘がありましたが、昭和18年に戦争のため供出、昭和35年、26世常懐善光大和尚の代に檀信徒の寄進により梵鐘が再鋳されました。
また、この年には本堂の屋根が東京菊地亀八氏の寄進により茅葺きから瓦屋根に葺き替えられています。

現在の本堂は、平成9年、27世隆光大和尚の代に新築されたものです。26世善光大和尚の念願であった本堂建立は、檀信徒の多大なるご協力により、計画から約10年の歳月を経て完成しました。平成11年5月には落慶法要が執り行われております。

昭和49年8月、延命地蔵菩薩「交通安全・秀光地蔵菩薩」が本堂前に建立されました。これは、前年、交通事故で24歳の若さで亡くなった当山弟子、秀光和尚の法益増進と交通安全を願い、建てられたものです。
その他、境内には山門や六地蔵などがあります。

また、庫裏の裏側には、さいたま市指定文化財の「カヤの木」があります。明治18年の火災の際に、火を受け主幹の上部を焼失したため、カヤ特有の直幹とならず、現在数本の枝幹となっています。目通り5.7メートル、樹高18メートル、根回り8メートルを測り、南側の一部は枯れているものの樹勢は盛んです。

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光秀寺歴代住職

開山  笑翁清馨大和尚
2世中興 超屋貞宗大和尚
3世  徳翁正麟大和尚
4世  掃室長固大和尚
5世  心翁純泰大和尚
6世  日州宗白大和尚
7世  日亭文春大和尚
8世  騎庵正鶴大和尚
9世  奥泉徹道大和尚
10世 陽山實玄大和尚
11世 鳳山黃麟大和尚
12世 玉邦秀細大和尚
13世 普山玉英大和尚
14世 鳳巖丹瑞大和尚
15世 霊道秀林大和尚
16世 雄岳萬英大和尚
17世 光岳瑞明大和尚
18世 悟山見道大和尚
19世 興山隆道大和尚
20世 法山萬隆大和尚
21世 剛山賢柔大和尚
22世 信嵒元瑞大和尚
23世 鉄信瑞峰大和尚
24世 瑞享勇元大和尚
25世 鐵巖道樹大和尚
26世 常懐善光大和尚
27世 徹玄隆光大和尚(東堂)
28世 雲巖隆紀和尚(現住職)

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